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OPEN VUILD #5 開催レポート「ポストファブの建築(家)論」

2020.07.17

OPEN VUILD #5 開催レポート「ポストファブの建築(家)論」

2020.07.17

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建築テック系スタートアップVUILD(ヴィルド)株式会社では、多様な領域で活躍する専門家を招き、さまざまな経営課題や組織のあり方についてオープンな場で語り合う「OPEN VUILD」を開催しています。第5回目は、2018年8月1日に開催されました。

ゲストにお迎えしたのは、建築家で早稲田大学教授の吉村靖孝さんです。デジタル技術を利用したものづくりの発展により、建築領域でも「現場でつくること=ポストファブリケーション」が急速に実現されつつある今、建築や社会はどのように変化し、建築家の職能はどのように変化するのでしょうか。その可能性と未来について議論していきます。

Text by Risa Shoji
Photo by Hayato Kurobe

戦後の住宅難がもたらした“建築のプレファブ化”

秋吉 今日のテーマである「ポストファブリケーション」という言葉は、吉村さんによる造語だと聞いています。議論の前に、まずはポストファブリケーションという言葉が生まれた背景やその定義について伺いたいと思います。

吉村 ポストファブリケーションとは、プレファブリケーションの対になる考え方です。工場など現場以外の場所(OFF-SITE)であらかじめ部材をつくり、建築の効率化・量産化を目指すのがプレファブだとすれば、ポストファブは「できるだけたくさん現場(ON-SITE)でつくること」を意味します。

吉村靖孝 Yasutaka Yoshimura/建築家。1972年、愛知県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科、同大学院修士課程修了。1999〜2001年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてオランダの建築家集団MVRDVに在籍。2005年、吉村靖孝建築設計事務所設立。2018年より早稲田大学教授を務める。『ビヘイヴィアとプロトコル』等、著書多数。

吉村 狭義のプレファブは、工場でつくられたモジュールを現場で組み立てる、いわゆるプレファブ住宅を意味します。ただし、現在では在来工法においても工場でプレカットした構造部材を使うのが主流で、日本の住宅は広い意味でプレファブが前提になっているとも言えます。

秋吉 プレファブが浸透した背景には何があったのでしょうか。

吉村 大きな理由として、戦後の住宅難があります。当時は推計で420万戸もの住宅が不足していたと言われ、その解決策として「量産できる住宅」に期待が集まっていたのです。建築家たちも量産型住宅の可能性を模索していて、例えば建築家の前川國男は、戦後まもない1948年に「プレモス」という名の量産型住宅を発表しています。

前川國男による量産住宅プロジェクト「プレモス」

吉村 その後、日本の住宅政策には「住宅の量産」と「建築士の量産」という二つの潮流が生まれていきます。「住宅の量産」に取り組んだのは、ハウスメーカーでした。1959年には、大和ハウス工業がパネル工法のプレファブ小屋「ミゼットハウス」を発売します。これは自室を持てない子供の勉強部屋として売り出されました。そして1971年には、積水化学工業が鉄骨ユニットを組み合わせた量産型住宅「セキスイハイムM1」を販売し、話題になりました。

このように戦後の住宅難を起点とする日本の住宅政策は、量産化・効率化に重点が置かれ、プレファブリケーションの技術革新を後押ししました。その流れは変わることなく、今も広い意味でのプレファブ住宅がハウスメーカーを中心に大量につくられ続けています。

一方、もう一つの流れである「建築士の量産」はどうでしょうか。下の図を見ればわかるとおり、日本は先進諸国の中でもずば抜けて建築士が多い国です。一級・二級建築士、木造建築士を合わせると100万人を超える有資格者がいます。国土交通省は建築士の高齢化や建築士試験の受験者数減少を理由に、さらに建築士を増やそうとしています。一方、フランスの有資格者数は約3万人です。

日本では116人に1人が建築の有資格者となっている。

吉村 つまり日本の住宅政策は、戦後復興期、高度成長期に最適化したまま更新されてこなかったのです。しかし、人口減少や空き家の増加といった社会状況を背景に、日本の住宅政策も過渡期を迎えています。ポストファブリケーションは、プレファブを再考するための問題提起ともいえます。

ポストファブは生産と消費のあり方を捉えなおす

秋吉 ただ、現実には家づくりにおけるプレファブ化は今も主流になっていますよね。

吉村 たしかに部材加工のオフサイト化、つまり現場で行われていた仕事を工場が担う割合は、むしろさらに高くなっています。例えば、石膏ボードの出荷量は月間4000万平米を超えています。

秋吉 ポストファブの勝機はどこにあるのでしょうか?

吉村 本来、プレファブ住宅は、量産することで低価格化や工期の短縮を可能にするはずでした。ところが、下の図を見ると、プレファブ住宅の工事費は全住宅の平均よりもむしろ価格帯が上。大手企業には、営業経費や広告宣伝費などの経費が上乗せされるからです。

プレファブ化は現場短工期化にも低価格化にも寄与していない

吉村 工期はプレファブ住宅の方が全住宅平均より30日ほど短くなっていますが、これは現場の工期の話です。工場での製作・加工期間を入れれば、むしろ長くなることもある。

秋吉 そもそも「安く早く建てられる家」として登場したはずのプレファブ住宅が、実際は割高で工期もさほど変わらない商品になっている、と。

吉村 さらに、プレファブは別の課題も生み出しました。部材の規格化やオフサイト化は、ユーザーが家づくりに関与する余地を奪ってしまった。行き過ぎたプレファブ化が、つくり手(建築家)と使い手(ユーザー)のさらなる分断をもたらしたのです。

ところが近年、ラピッドマニュファクチャリングとAIの普及で、草案と建設のショートカットが可能になってきました。それは建築家の専門領域だった空間づくりが、ユーザーにも開放されつつあるということ。分断された生産者と消費者の境界が揺らぎ、両者の役割がゆるやかにつながりつつある今の状況は、ポストファブを後押ししてくれると思います。

ラピッドマニュファクチャリングとAIの普及
草案と建設のショートカットが可能に

秋吉 VUILDが今取り組んでいることは、まさにその流れとリンクしていて。VUILDは木材加工機(ShopBot)を中山間地域の生産者たちに販売し、地域(=現場)の中で主体的にものづくりができる仕組みをつくろうとしています。それは、生産者と消費者をつなぎ直し、使い手がものづくりに関与する領域を広げる試みでもあるんです。

吉村 そもそも僕は「建築家だけが空間の専門家である」という考え方に、強い違和感があるんです。僕がポストファブという言葉を使うのは、つくり手と使い手の双方が関わることで、より豊かな空間を生み出せるのではないかと考えるからです。

遡れば、ポストファブの源流には裁縫や日曜大工があるし、思想的背景には、身体感覚や日常生活の中に豊かさを見出そうとした今和次郎の活動、そして「空間は社会や住み手とともにつくられる」ことを示した多木浩二やアンリ・ルフェーブルの考察があります。

つまりポストファブは、単に「どこでつくるか」を問題にしているのではなく、生産と消費のあり方を捉え直し、建築家の権限や職域の一部をユーザー側に移譲する試みでもあるのです。

ポストファブ的発想から生まれた「フクマスベース」

秋吉 ポストファブの実践事例として、ぜひ「フクマスベース(福増幼稚園新館)」のお話も伺いたいです。

吉村 「フクマスベース」は、千葉県市原市にある福増幼稚園に子育て支援施設を増築した2016年のプロジェクトです。「遊具はつくらず、子どもたちが自ら遊びを発明できる施設にしたい」という園の要望に、鉄骨造の既製テント倉庫を導入して応えた事例です。

第2回日本建築設計学会大賞を受賞した「フクマスベース(福増幼稚園新館)」©︎Yasutaka Yoshimura Architects

吉村 まず意識したのは、子どもたちが自由に使い方を決められる空間づくりでした。そこで既存の古い倉庫内にコンテナを設置し、入れ子のような空間をつくるプランを提案しました。

ただ、このプランだと結局機能ごとに部屋を割り当てざるを得ず、子どもたちが自由に空間の使い方を考えることは難しい。そこで各部屋のひとつのコーナーを機能の起点と考え、反対側を一筆書きのリボン状につないでしまうことで、機能のはじまりと終わりを曖昧にする空間プランに変更しました。

一方、古い倉庫を再利用するためには、法的にクリアすべき点が多数ありました。そこで建物の耐用年数も考慮し、既製品のテント倉庫を購入して置き換えることになりました。この時点でゼロからデザインをやり直すこともできましたが、あえてそうしなかったのは、設計過程の変更履歴を残り香として記録しておきたかったからです。

例えば、この斜めに大きく横切っている白い木材。これは構造上有効な火打梁で、2階の薄い壁の変形を抑えています。本来なら壁厚を増やしたり、間柱のピッチを上げたりしてなるべく見えないように対処するところですが、フクマスベースではあえて設計過程で起こった不具合の履歴を可視化するため、後から場当たり的に要素を足しています。

 ©︎Yasutaka Yoshimura Architects

秋吉 不具合ですらも、建物の履歴として目に見える形で定着させてしまう、と。

吉村 そうすると、一見何のためにあるのかわからないものが空間に出現するわけです。それが子どもたちの思考の手掛かりとなって、空間の使い方のヒントになると考えました。

秋吉 つくり手が投げかけた問いに使い手が応えることで、生産と消費の境界を揺さぶっているわけですね。

吉村 そのとおりです。ここは階段教室と本棚をハイブリットしたエリアなんですが、子どもたちは本棚を遊具のように使い始めて。その様子を園長先生が気に入って、今のところ本を収納せずに使われています。つくり手が空間をつくった後も、使い手によって更新されていく。つくる側と使う側のゆるやかな連携によって生まれた余白、そこにポストファブの面白さがあると思うんです。

       本棚として利用するはずだったスペースを遊び場にする子どもたち ©︎Yasutaka Yoshimura Architects

ポストファブの可能性と人口減少期の美学構築

秋吉 吉村さんがポストファブ的な思想に行きつくまでには、どのような経緯があったのでしょうか?

吉村 僕はもともと、非常にプレファブ的なつくり手でした。例えば2000年代の初め頃は、高コストな建築の流通構造に疑問を持ち、海運コンテナを利用した建築プロジェクトに取り組んでいました。世界的に統一されたコンテナの規格を住宅に応用すれば、流通コストを大幅に削減しながら、世界規模の量産ネットワークを構築できると考えたのです。最近も、可搬性という別の文脈から再度コンテナ建築に取り組んでいます。

一方、住宅を量産しようとすると、建築物の著作権という問題に直面します。日本では1900年に著作権法(旧著作権法)が成立しましたが、建築物は当初、保護の対象外でした。そういう経緯もあり、日本では建築物に対する権利意識が非常に希薄です。まあ、それが建築文化の醸成に寄与したとも言えるわけですが。

1910年の法改正で建築にも著作権が適用されましたが、要件として創造的な表現物であるかどうかが問われ、認定のハードルは非常に高い。ならば、建築物の著作権については、クリエイティブ・コモンズ(CC)のような「ゆるい運用」が適しているのではないか、と思ったんです。

秋吉 著作者が決めた権利の範囲内で、著作物の再利用をしやすくするシステムを流用するわけですね。

吉村 そこで建築における著作権に対する試みとして、住宅の図面をCCライセンスで開示するというプロジェクト「CCハウスプロジェクト」を立ち上げました。そんなことをやっていたら、公開したのとは別のちゃんと権利を維持しているはずの僕が設計した住宅にそっくりの建物が台湾につくられたんですよ。元の建物に似ているかどうかの最終的な判断は別として、建築のゆるい権利フレームを援用して、設計者の遺伝子を受け継いだ建物が全く別の場所で再生産される状況が生まれた。僕にとって、それは必ずしもネガティブなことではないんです。

秋吉 建築物に関する権利を一部開放するというのは、ポストファブの文脈に近いものがありますね。

吉村 2014年には、ポストファブ的な取り組みとして、エンドユーザーが自分の家をつくれる設計支援アプリ「HouseMaker」を制作しました。これは東京ミッドタウンで開催された「MAKE HOUSE 木造住宅の新しい原型展」に参加したとき、情報学研究者のドミニク・チェンさん、テクノロジーアーティストの松山真也さんと共同開発したものです。

吉村 アプリ上では、構造部材をパーツ化し、簡易なボタン操作のみで床や壁、建具を組み合わせて設計できるようにしました。大まかな構造計算も可能で、建築費用もリアルタイムで表示されます。設計後に注文ボタンを押すと、職人とプレカットされた材料が届いて実際に家が建つ仕組みです。一見プレファブ的なアプローチですが、エンドユーザーを家づくりに巻き込むという意味で、ポストファブ的な文脈に沿うものだと考えています。

秋吉 VUILDでも今、設計を支援するツール「EMARF」の開発に取り組んでいます。ShopBotを活用したものづくりには、アイデアを実際の製品に落とし込むためのプロセスが必要ですが、建築の知識を持たない人々にとって、複雑な接合部の設計や強度計算、加工データの作成を自力で行うのはハードルが高い。そこでプロが担うべき部分をツールによって自動化し、エンドユーザーがものづくりをしやすい環境をつくろうとしています。

吉村 部材もつくり手も使い手も、すべてが現場で完結するものづくりを可能にした点で、デジタルファブリケーションはまさにポストファブ的と言えるのではないでしょうか。

秋吉 ポストファブ的な世界は、今後も広がっていくでしょうか?

吉村 日本が直面している人口減少は、非常に大きなターニングポイントになると考えています。日本は戦後、人口や経済が右肩上がりとなり、すべてのシステムを「拡大」を前提に築いてきました。しかし、社会全体が「縮小」に向かい、ものごとを決める基準となってきた根拠が揺らいでいる今、あらゆる領域でそれらを再構築する必要がでてきている。建築も例外ではなく、設計やデザイン、そして建築家の役割にも新しい視点や発想が必要です。ポストファブは、変容する社会の中で新しい美学を構築する一つの手法だと思っています。

「即興的」で「場当たり的」な変化への余地を残す

秋吉 吉村さんは昨年の『SD2017』誌に寄稿した論文で「アドホシズム(AD-HOC-ISM)」の可能性について言及されていました。ポストファブとアドホシズムの関係性についても伺ってみたいです。

吉村 アドホシズムはアメリカの建築批評家チャールズ・ジェンクスの言葉で、「即興的」「場当たり的」といった意味を持ちます。1970年代のアートシーンにおいて、構築的な社会へのカウンターといった文脈で使われていました。

そもそも建築というのは、非常に構築的です。構造的な整合性やコスト、環境アセスメント、法的基準などをすべて満たさなければ建てられない。その結果、建物に過剰な安全性能や薄さや精度を求める風潮が生まれた。アドホシズムは、あらかじめ建物が修繕、更新されることを折り込み、「即興的」で「場当たり的」な変化への余地を残す建築のあり方と言え、ポストファブとの親和性は高いです。

秋吉 吉村さんの論文「アドホシズム宣言」は、宇宙船をガムテープで修繕しながら生還したアポロ13号の話から始まっています。建築家の石山修武さんも『生きのびるための建築』の冒頭でアポロ13号のエピソードに触れ、ブリ・コラージュと表現していますね。

吉村 大文字の建築に対する批判として、身の回りにあるもので自分の手の及ぶ範囲のものをつくるという石山先生の考え方には、僕も大きな影響を受けています。その姿勢は、まさにポストファブやアドホシズムに通じています。

秋吉 メディアアーティストで多摩美術大学教授の久保田晃弘さんも、著書『遙かなる他者のためのデザイン』の中で「これからは家具や家を基盤とした『家政型文化』が工業型文化以上に重要になってくる」と言及しています。そして「家政型文化の主なキーワードは、維持、保存、融通、有限性、異質性、コンフリクトの少ない解である。すると、慣れ親しんだ工業型の考え方がこう変わる――『維持するにはどのくらい生産すればいいのか』『保存を前提とすればどのくらい消費できるのか』。こうしたことは、日常生活の中ではあたりまえのように行なっている」と述べています。久保田さんは、人口減少期に入った日本では工業型文化による住宅供給ではなく、今あるものを有効に使う家政型文化の家づくりが必要だと指摘しています。デジタルファブリケーション技術の進化で、今は主婦や子どもでも家具をつくれる時代です。それはまさに家政型文化であり、ミシンで身の回りのものを作っていた行為の延長線上にあるものだ、と。

吉村 家政型文化は、大量生産に対峙する概念である一方で、パッチワークやレース編みに象徴されるように「型の文化」でもある気がするんですね。一定のパターンが、一人の人間だけではなく、離散的に世界中で探求されることで究極の姿が立ち現れる、という側面もあると思います。

秋吉 デジタル時代の新たなデザインの枠組みについて論じた『オープンデザイン』という書籍の中に、デザインのベースとなるひな型(フォーマット)をつくり出し、それらをシステム化する「メタデザイナー」についての言及があって。要するに、デザイナーは人々が自らデザインする環境を整えたり、彼らの活動をファシリテートするような存在になる、と言うわけです。それに影響を受けて、僕も「メタアーキテクト」と名乗るようになったのですが、吉村さんはメタアーキテクトについてどのように考えていますか?

吉村 2000年前に書かれた世界最古の建築書と言われるウィトル=ウィウスの『建築書(建築十書)』には、建築家の職域として「建物を建てること、日時計をつくること、器械をつくること」の三つが挙げられています。太陽の動き(=環境)を理解し、建物を建てるための道具を自らつくれなければ建築家ではない、つまり、建築家はそもそもメタアーキテクト的な存在であると言っているわけです。

それが建築家のもともとの定義です。だからこそメタアーキテクト的な職域以外は、エンドユーザーに開放してもいいのではないかと思っています。むしろ、アドホシズムやポストファブの文脈では、法的に縛られていない分、自由な空間づくりができるエンドユーザーに優位性がある。社会の向かう先を繊細に見通しながら、彼らに自由なアイデアを想起させ、ものづくりに駆り立てる仕組みをつくる力が、これからの建築家に求められているものだと思っています。

秋吉 吉村さん、本日はありがとうございました。

[2018年8月1日、VUILD川崎LABにて開催]