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OPEN VUILD#12開催レポート: 建築起業家 - デザインを事業化するには -

2020.06.18

OPEN VUILD#12開催レポート: 建築起業家 - デザインを事業化するには -

2020.06.18

*本記事は2019年12月2日開催のイベントを基に執筆しています。

建築テック系スタートアップVUILD(ヴィルド)株式会社では、多様な領域で活躍する専門家を招き、さまざまな経営課題や組織のあり方についてオープンな場で語り合う「OPEN VUILD」を開催しています。

第12回は「建築起業家」をテーマにお送りします。これまで設計を担うデザイナーの職能は、収益性や事業性とは切り離されたものというのが一般的な捉え方でした。しかし、デザイナーが持続的に活動していくためには、自立して事業を行い、安定した収益を確保することも非常に重要です。そこで今回は、デザインを主軸に不動産事業や飲食事業など多様な事業を展開する建築家・谷尻誠さんをゲストにお招きします。VUILD代表・秋吉浩気との対話を通じて、デザインとビジネスをシームレスに接続する事業化の手法ついてさまざまに模索していきます。

Text by Risa Shoji
Photo by Aya Ikeda

分類されないために、自ら事業を企画提案する

秋吉 今日は「事業」をテーマに議論していきます。まずは、それぞれの事業紹介から始めたいと思います。僕は建築家と起業家の2つの肩書きで、主に三つの事業を手がけています。一つ目は、デジタル木材加工機の代理販売。森林資源の豊富な中山間地域を中心に、これまで45台(2019年12月時点)を納入しています。二つ目は、この木材加工機を使った設計施工で、実際に家具や建物をつくっています。三つ目は、オンデマンドで誰でも簡単に家具の設計から発注、出力ができるソフト「EMARF」の研究開発です。

昨年4月にリリースされた「EMARF」は、建築設計者向けクラウドプレカットサービス「EMARF3.0」にアップデートされ、2020年5月に一般公開された。

秋吉 これらの事業で目指しているのは、デジタルファブリケーションという最先端の技術を使って、建築や木工という行為を人々の手に取り戻すこと。建築を民主化し、誰もが設計者や大工になれる世界をつくる、そんなミッションを掲げて日々事業を行なっています。

谷尻 僕は独立して設計を始めてから、ちょうど20年になるんです。その間、携帯電話やインターネットの登場にはじまり、SNSの普及やAIの台頭など、社会はめまぐるしく変化していきました。一方、建築の世界はどうかと言うと、この20年、建築のあり方ってほとんど変わっていないんです。

谷尻 誠 Makoto Tanijiri/1974年、広島県生まれ。2000年、建築設計事務所 SUPPOSE DESIGN OFFICE 設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京を拠点に、インテリアから住宅、複合施設まで国内外の多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども務める。近年は不動産事業や社食堂の運営なども行い、建築家の域を超えた活動に注目が集まっている。

谷尻 例えば、世界時価総額ランキングというものがありますよね。今から約30年前、平成元年のランキングを見ると、NTTを筆頭に日本の金融機関や大企業が上位に多数ランクインしているんです。ところが平成30年のランキングでは、GAFAをはじめITやテック系の外資企業が上位50位以内をほぼ独占している。日本企業は、トヨタ自動車を除いてほぼランク圏外です。さらに悲しいのは、設計やデザインに関連する企業が一切登場しないこと。僕はこれを見たとき、設計を事業主体にしながら時価総額ランキングに登場する企業が出てこなければ、この業界に未来はないと危機感を覚えたんです。

秋吉 これまでの業界のやり方を変える必要がある、と。

谷尻 そのために何をすべきかを考え、僕らが昔から実践してきたのが「企画」です。例えば、海沿いの倉庫をリノベーションした再開発プロジェクト「ONOMICHI U2」(広島県尾道市、2014年)では、提案にあたって場所を徹底的にリサーチしました。尾道は瀬戸内しまなみ海道の起点で、サイクリストが多く訪れる。そこで「サイクル」をテーマに、自転車ごと泊まれるホテルやレストラン、ギャラリーなどを倉庫内につくるプランを考えました。

昭和初期に建てられた海運倉庫をリノベーションしたサイクリスト向け複合商業施設「Onomichi U2」写真:矢野紀行写真事務所

秋吉 従来の建築業界のやり方は逆ですよね。まずプランありきで、そこから建築家を探す。

谷尻 実績のある設計事務所を何組か選び、コンペで優劣を決めるわけです。つまり、デザイン自体で突出して評価されない限り、僕ら建築家はずっと比較され、分類され続ける。そこから抜け出すために、僕らは「何をどのようにつくるか」をゼロから考えて、事業全体の企画と提案にフォーカスしてきた。実際、それを地道に続けていたら、いろいろな所から声がかかるようになりました。 2018年にオープンした「hotel koe tokyo」(東京都渋谷区)もその一つです。

アパレルブランド「koe(コエ)」のホテル併設型グローバル旗艦店「hotel koe tokyo(ホテルコエトーキョー)」写真:Kenta Hasegawa

秋吉 「koe(コエ)」というブランドの服をホテルで売ってしまおう、と。

谷尻 そうです。アパレル店舗の営業時間は、だいたい日中の8時間程度で、残りの16時間は稼働していない。だったら24時間オープンしているホテルで洋服を売ればいい、と。今は携帯で洋服を買う時代ですが、携帯の検索結果には洋服の情報しか出てきませんよね。でも、リアルに洋服を買いに街へ出かけると、思いがけない音楽を耳にして心惹かれたり、カフェやレストランで新しい食に遭遇したりする。この”意図しない出会い”が、僕はすごく大事だと思うんです。

秋吉 今はリアルに洋服を買うための体験をデザインする必要があるんですね。

谷尻 それって、僕自身が20年前に体験していたことそのものなんですよ。週末の夜はいつもクラブに行き、仲良くなったショップ店員の友達からファッションやカルチャー、音楽の情報を仕入れ、そのことが服を買うという行動につながっていた。だから「hotel koe tokyo」では、アパレルなのにわざとアパレル以外に出会う状況を意図的に設計しました。インターネットでは絶対に実現できない、そういう体験をリアルに再現できる場所をつくれば、ブランドの世界観との接点が増えて洋服を売ることができると考えたんです。

選ばれ続けるために、あえてリスクを取る

秋吉 東京オフィスに「社食堂」をつくって飲食事業を始めたのはなぜでしょうか?

谷尻 設計事務所には若いスタッフが多いけれど、どうしても日々の食事はコンビニ頼りになりがちですよね。でも、僕たちの体の細胞は日々の食べ物からつくられているわけだから、コンビニ弁当ばかりでは問題です。ならば「細胞をデザインする」というコンセプトで、事業として社員食堂をやってみよう、と。そこで、誰もが利用できる、食堂にも会議室にもなる空間をつくりました。

サポーズデザインオフィスの東京事務所内にある「社食堂」は誰でも訪れることができる。写真:伊藤 徹也

秋吉 社食堂をつくったことで、どんな効果がありましたか?

谷尻 ”同じ釜の飯”という言葉がありますが、食事を共にすることはチームアップに最適だなと感じています。ただ、当初は周りからものすごく反対されたんですよ。でも反対されるということは、この事業領域がまだ価値化されていない証拠。だから僕は、逆に成功を確信しましたね。

秋吉 実際、オープン後は新しい働き方のモデルケースとして、多くのメディアにも取り上げられましたよね。

谷尻 「社食堂」には数千万円の投資が必要で、当然リスクはありました。でも「社食堂」をきっかけにさまざまな企業とのプロジェクトが決まったので、すぐに回収はできた。設計事務所って、自らリスクを負って建物をつくることはほとんどないですよね。だから僕らは、あえてリスクを取る。リアルなポートフォリオを築くことで、分類の対象にならない存在になろうとしている。

秋吉 つまり、選ばれ続けるためには、リスクテイクする姿勢がきわめて重要なんですね。

谷尻 採用面でも同じことが言えます。今、僕たちは広島市内の古いビルを取得して、本社オフィスの移転リニューアルを計画しているんです。事務所は1階で、2階以上にはギャラリーやホテル、サウナなどをつくろうと思っています。

広島の新オフィスにはホテルを中心にギャラリーやレストラン、ショップが入居予定。©SUPPOSE DESIGN OFFICE.CO.,Ltd

谷尻 なぜなら、求人をしなくても「何だか楽しそう」と人が集まってくる場所が必要だからです。今、有名な設計事務所でも、常に求人していますよね。つまり、黙っていても人が来る時代は終わり、設計事務所にも「ここで働きたい」と思わせる環境づくりやブランディングが不可欠になっているんです。人材を得るには、建築以外の要素で僕らの提案したい世界観に共感してもらう必要がある。僕はそう思っています。

アイデアそのものに価値はない。だから即行動する。

秋吉 谷尻さんは数年前から不動産事業も手がけていますよね。

谷尻 「絶景不動産」というプロジェクトで、絶景を探している人と絶景を活用してほしい人をマッチングするプラットフォームです。きっかけは、「絶景の見える家を日本につくりたい」というロサンゼルス在住のお施主さんのために、土地を探したこと。当時は「21世紀の落水荘を建てるチャンスだ!」と興奮して、インスタグラムに「滝の上の敷地求む」と投稿したんですね。すると、全国からすぐに5件ぐらい集まった。そのとき、絶景の物件って意外にあるんだなと気づいたんです。結局、21世紀の落水荘はお施主さんに「too noisy」とダメ出しされ、実現しませんでしたが、アイデア自体は不動産会社に勤めていた友人と事業化し、2017年に法人化しました。

「まだ見ぬ風景をデザインする」というコンセプトの不動産仲介サイト「絶景不動産」

秋吉 2018年には施工会社もつくりました。

谷尻 「21世紀工務店」ですね。仕事をしていると、コンプライアンスを理由に「できない」と言う施工会社があまりにも多いので(笑)、「できるをつくる」というコンセプトの工務店を自分で立ち上げました。それに関連して、家具づくりを行う「未来創作所」、その運営を担う「Bypass」の2社も法人化しました。

今年はさらに「TECTURE」というテック系スタートアップもつくりました。今は建築デザインに携わる人向けのアプリケーションを開発しています。施工画像にカメラをかざすと、メーカー名や品番などの情報が即座に表示されるほか、ボタン一つで問い合わせができたり、電子カタログをダウンロードできたりするサービスです。

デザイン事例から家具や建材の商品情報を取得、メーカーへの問い合わせまでをワンストップで検索可能な設計・メーカー向けプラットフォーム「TECTURE」

谷尻 「TECTURE」のアイデアを思いついたのは、事務所の中を観察していて、スタッフがみんな机の上に建築雑誌を山のように積んで、夜遅くまでパソコンで調べ物をしていることに気づいたから。調べることに時間を奪われて作業効率が上がらないのは、僕らだけでなくすべての設計事務所が抱えている課題だな、と。そこで、すぐにエンジニアの友達に連絡して開発に着手しました。

秋吉 たしかに、調べ物に膨大な時間を使っていますね。

谷尻 本来、デザイナーの仕事は、考えたり設計したりすること。だからこういうサービスで、建築家がクリエイティブに使える時間を増やしていきたい。アプリは2020年1月にリリース予定です。今後はAIやARを活用して、雑誌に携帯のカメラをかざすだけで商品情報が得られるシステムも開発するつもりです。

秋吉 アイデアを思いついてから事業化までのプロセスが、すごいスピード感ですよね。

谷尻 アイデアは、形にして初めて価値を生むもの。アイデアそのものに価値はないんです。だから、すぐに行動に移す。前例がないから失敗も多いけれど、いち早く失敗した人は、いち早く改善できる。

秋吉 だから成功に近づくのも早い。

谷尻 最近、自宅を建てる工程を「note」で販売する試みも始めました。土地探しから建築計画、自己資金や銀行からの借り入れ、返済計画など、赤裸々に書いています。だから1記事の価格を5万円ぐらいにして、読まれたくない気持ちを金額で表しています(笑)。

秋吉 そうすると、むしろ価値を感じて「欲しい」と思う人が現れる。

谷尻 そうなんです。でも、それこそがブランドの価値なのかな、と。自分が取り組んでいることの価値を世の中に認めてもらうためのノウハウは、身を以て実践しなければ得られません。例えばインスタグラムも、どういう投稿に「いいね」がたくさん付くのか、常に試行錯誤しています。こういうサービスは、世間の関心を知るリサーチツールだと思って使っています。

秋吉 日々の生活の中で得た学びをビジネスにフィードバックして、設計やデザインに生かすことが大事なんですね。

谷尻 そうです。新著にはそういうことをすべて書いたので、みなさんぜひ100冊ずつ買ってください(笑)。

2019年8月に発売された谷尻誠氏の新著『CHANGE 未来を変える、これからの働き方』(エクスナレッジ刊)

建築起業家は、利回りを起点にデザインを発想する

秋吉 サポーズデザインオフィスは現在、不動産から設計、施工、家具製作まで建築に関わるすべての工程を、グループ企業内で賄える状況ですよね。そういう体制だからこそ可能になることとは何でしょうか?

谷尻 僕らの仕事って、やはり受注がメインじゃないですか。それでもクライアントの言いなりではなく、自分のやりたいことを表現するためには、あるべき姿をまず自分たちがつくって、そこに共感して仕事を頼まれるサイクルをつくらないといけない。だから、土地を仕入れるところから企画提案、設計、施工、そして運営までを自分でやっているわけです。そういう自主企画に、クライアントワークを並走させていきたいな、と。

秋吉 グループ同士で連携して取り組む案件は多いんですか?

谷尻 サポーズへ設計の相談に来たお施主さんに、絶景不動産を紹介して土地を探し、21世紀工務店が施工を担当することはあります。最近は、事業化できそうな土地を見つけたら絶景不動産を通じて購入して、サポーズが企画、設計と大家業を兼ねるケースもでてきました。ちなみに僕の自宅も、自分で探した土地を絶景不動産に仲介と管理をしてもらって、21世紀工務店に施工をお願いしています。

秋吉 身近な仲間と動くからこそ、プロジェクトを思い通りに進められると感じますか?

谷尻 目標値は設定しやすいですね。例えば、賃貸マンションを建てる場合、利回りが良くなかったら困るじゃないですか。だから僕らは、利回りをベースに土地のコストや工事費を逆算し、賃貸相場にふさわしい設計を提案する。その部分にこそ、設計料の伸び代があると思うからです。でも、多くの設計者はそこまで考えず、示された予算の中でいいものをつくろうとするんですよね。

秋吉 経営者的な感覚で提案できるのは、やはり自身が起業家として事業を行なっているからこそですね。

谷尻 利回りを起点にデザインを考えるから、クライアントも説得できる。例えば「hotel koe tokyo」では、1部屋の料金を1泊25万円で提案したんです。一方、コンサルタントは「1泊25万円だと稼働率が低くなってしまう」「1泊8万円の方が稼働率が上がる」と主張していて。でも、僕にはもっと回るだろうという確信があったので、説得できた。実際、稼働率は現状かなり高い状態で回っています。

秋吉 なるほど。絶対的な確信とともに提案できるようになると、そこに信頼が生まれるんですね。

谷尻 仕事を依頼してくる人たちは「とにかくカッコいいものをつくってください」と言う。でも、そこには「事業が上手くいくようなカッコいい建物をつくってくれ」という言外の意味が含まれている。だから僕らは、その部分をちゃんと汲み取って「儲かる建物」をつくり、信頼に応えないといけないんです。

秋吉 建築家も、世の中のお金の流れや経済の動きを理解しておく必要がありますよね。小さな事業でも、実際にやってみることで見えてくることがたくさんある。

谷尻 そうなんですよ。でも、お金の話ってみんなあまりしてくれないじゃないですか(笑)。クリエイター界隈には「好きな仕事ができるならお金にならなくてもいい」という妙な美学がありますよね。でも、これからは好きなことをして稼ぐ時代。だからお金がすべてとは思わないけれど、お金の話をしないことが正義とも思わない。今後はクリエイターも、自分の仕事に対して正しい対価を求めるべきです。このことは、できるだけ多くの人に伝えていきたいと思っています。

秋吉 そういうお金や対価の話って、チーム内でも共有していますか?

谷尻 スタッフには、ことあるごとに「ちゃんと稼ぐことについて考えた方がいいよ」と言っていますね。新事業を立ち上げるときも、社員たちに「出資して役員になる?」と聞きました。でも、みんな「役員はちょっとまだ荷が重い」とか言って断るんですよ。そんなだからダメなんだよ、と(笑)。

秋吉 クライアントワークでは建物ができあがるところまでの提案が多いけれど、事業的なスケールはもう少し先のことまで考える必要がありますよね。谷尻さんは、ご自身が展開する事業について、どんな規模感を持って取り組んでいますか?

谷尻 「TECTURE」の例で言うと、業界全体にとってメリットのあるサービスにしたいという思いがあります。テクチャーは、世の中の建物がどこのメーカーのどんな部材でつくられているのかをオープンにしていくサービスですが、これまでそういう情報は設計事務所にとって社外秘に近い情報だった。でも、それをあえてオープンにすることで、宣伝機能や課金モデルといった新たなマネタイズの仕組みをつくれると思ったんですね。だからアプリだけではなく、「TECTURE MAG」というメディアも立ち上げました。建築アワードの設立や書籍化のほか、建築図面の販売も視野に入れています。つまり、デザイナーが設計料だけでなく多様な収益の道筋を持てる、そういう新しい価値観をつくろうとしています。

秋吉 僕は最近、「建築物をつくったら終わり」といった点の思考ではなく、建てるプロセスや建てた後の建物の変化のように、線形の時間軸で建築を捉える見せ方を探求しています。点から線、そして線から面、群のように考えたとき、どんな展開があるのか。「テクチャー」はインターネットの広がりを背景に、ユーザー同士だけでなく、同時にメーカーにもつながることができる。ゆくゆくはメンテナンスの情報の共有とか、あるいは部材のアマゾン定期便みたいな展開も見込めそうですね。

「良い生活者」が「良い設計者」になる。

秋吉 組織論についても伺いたいのですが、VUILD には組織を生かすためのヒットポイント(フィジカル面の強さ)とマジックポイント(メンタル面のタフネス)というテーマがあるんです。最近は、多忙や空腹で働く気力が落ちているときに、マジックポイントを回復する手法をデザインしようとしています。サポーズでも社食堂の導入などで社員のQOL向上に注力していますが、そのほかに重視している取り組みはありますか?

谷尻 僕にとって「食」はものすごく大事なテーマなので、絶対に外せない。例えば、いい服を着て見た目はおしゃれに装っていても、家では毎日カップ麺を食べていたらダサいじゃないですか。実際、それほどおしゃれにお金をかけなくても、食事に気を遣って健康的な生活を送っている人の方がかっこいい。要は、生き方も設計が重要なんです。だから僕は、スタッフに「良い生活者が良い設計者になる」と常に伝えています。生活意識の高い人は、設計能力も高くなる。だから生活を意識してください、と。

秋吉 それはまさに今、痛感していることです。 先日、富山県南砺市に「まれびとの家」という短期滞在型シェア別荘をつくったのですが、設計を担当したのが自分含め生活意識の低い男たちで(笑)。その結果、サニタリールームが悲惨なことになってしまった。設計には、生きることや暮らすことに対する想像力が不可欠だな、と改めて感じましたね。

谷尻 想像力はすごく重要。僕らはホテルを設計することも多いけれど、スタッフがデザインすると、ただの「家」になっちゃうんですよ(笑)。家とホテルという空間のあり方の違いや、どんなときに人はラグジュアリーだと感じるのかは、自ら対価を払ってユーザーとして体験しなければ理解できない。だから僕は、お金がない若い頃から無理してラグジュアリーホテルに泊まりにいっていました。そういうところはケチらずに、自分への投資としてお金を遣った方がいい。長期的に見れば、投資した分、良い設計ができて稼げるようになる。お金を払う側は、そもそもラグジュアリーな感覚が通じない人には仕事を頼みません。スタッフには、いつもそういうことを話していますね。

秋吉 自分に投資するのはすごく重要ですよね。

谷尻 自分のセンスを磨くための投資は、いつか必ず設計や仕事に生きてくる。自分の経験が価値化されて、ちゃんと対価として帰ってくれば、自分の生き方を肯定できるようになると思うんですよね。

秋吉 最後の質問になりますが、社外の個人や企業とコラボレーションしたいプロジェクトがあっても、VUILD はまだ知名度が低く、協力者を見つけるのに苦労する現状があります。事業化を進める上で他者を巻き込むために重要なこととは何でしょうか?

谷尻 それはやはり「ビジョン」しかないと思いますね。何のためにこの事業をやるのか、これからどうしていきたいのか、そういうビジョンに共感してくれる人を、どれだけ集められるかが何よりも重要だと思っています。

秋吉 そのビジョンはどうやって伝えているんでしょうか。やはり熱量でしょうか。

谷尻 僕の場合は、熱量しかないかもしれない。とてもシンプルな話で、「絶対にこの事業を成功させる」という熱量が伝わるかどうか。例えば「テクチャー」を始めるときは、A4の企画書5枚で7000万円を投資してもらったんですよ。つまり「ちゃんとやり切ってくれるよね」という信頼だけですよね。ほとんどの投資家は、ビジネスの内容より人を見て判断している。ビジネスではなく人に投資するんだ、と。その信頼を裏切らずに、必ずやり遂げるという情熱を保ち続けていれば、自然に協力してくれる人は集まってきます。

秋吉 情熱に共感する者は必ず現れる、と。

谷尻 共感と信頼を積み重ねていくことですね。例えば採用の場面でも、求人を出すと給与や福利厚生といった条件面で比べられてしまう。そして条件で入社してきた人は、条件で離れていく。経営者としては、条件ではなくビジョンに共感してくれる人と仕事をしたいし、思いを共有できる人にお給料を払いたい。他者を巻き込むには、そういうポジティブな環境をつくっていくことも大事だと思っています。

生活や社会、ビジネスと建築を接続するメディアの必要性

秋吉 今日は会場に『FUJIWALABO』を主宰する建築家の藤原徹平さんも参加してくれています。藤原さんにも是非、コメントをいただきたいです。

藤原徹平 Teppei Fujiwara/1975年生まれ。2001年、横浜国立大学大学院修士課程修了、隈研吾建築都市設計事務所入社。設計室長を経て、2012年退社。2009年、フジワラテッペイアーキテクツラボ設立。2010年よりNPO法人ドリフターズインターナショナル理事、2012年より横浜国立大学大学院Y-GSA准教授を務める。

藤原 僕と谷尻さんの出会いは、彼が東京に出てきたばかりの頃でした。当時の谷尻さんは、やたらと人に食ってかかる“狂犬”といった感じで(笑)。彼は謂わゆる“叩き上げ”で、目の前の課題にひたすら取り組んできた時間が長かった。その間につくった何百もの建築が、今の谷尻さんを支えている気がしていて。

谷尻 以前、徹平さんに言われたんです。「数をつくった人が建築家になる」と。その言葉は、すごくうれしかったですね。

藤原 僕は、建築家にとって数はとても重要だと思っています。安藤(忠雄)さんもものすごい数の建築をつくっている。以前、コム・デ・ギャルソンで服をつくっている職人さんに話を聞いたことがあるんですが、彼らはバブル時代、複雑すぎて量産できないギャルソンの服を1000着以上つくっていたらしいんですね。つまり、凄まじい数をこなすことでワンアンドオンリーの技術を獲得したわけです。谷尻さんも、毎日のように確認申請を出していた時代が今をつくっているのかな、と。

谷尻 僕は最初、建売住宅をつくる設計事務所に就職してたので、それこそ年間に何百件という確認申請を出していました。そのときの経験は今に生きていると思いますね。それだけ数をこなしていると、あらゆる判断がめちゃくちゃ早くなるんですよ。例えば、事業用の土地を見つけたら、プランをパッとはめて、工事費や賃料、利回りの計算まで30分ぐらいで組める。「斜線はこのぐらいだな」といったことも、瞬時にわかるようになるんです。数をこなすのは大変だけど、経験しておいた方がいいですよね。

藤原 ジャーナリズムについても、お二人に聞いてみたいです。ジャーナリズムの質の低下が課題とされる昨今、お二人は建築におけるジャーナリズムをどう変えていこうと思っていますか?

谷尻 『住宅特集』に初めて掲載がきまったときは、涙が出るほどうれしかった記憶があります。ただ、掲載を重ねていくと、それぞれの雑誌間にさまざまなしがらみがあることに気が付いたんです。「他誌に掲載された作品はうちには載せられない」みたいな話は、海外ではあり得ないですよね。メディアが健全な批評性を保つためには、独自の方針と切り口による編集が欠かせない。また、批評性だけでなく、建築を経済やビジネスとブリッジする視点を持ったメディアも必要です。『TECTURE MAG』は、そんな思いで運営しています。

秋吉 僕の上の世代の建築家も、建築を学ぶ学生たちも、その多くがスター・アーキテクトになるという一つの価値観だけに向かいすぎていると感じます。その背景には、建築メディアによる作家の神格化、つまり苛烈な競争を勝ち抜いてスター・アーキテクトになることを是とする雰囲気があると思っていて。実際、多くの大学の建築学科は、優れた作家を排出するためのしくみになっているのが現状です。

藤原 でも、時代の価値観は変わりつつあります。

秋吉 だから今、アクションとしての建築家のあり方を追求するためのメディア、僕らはそれを「運動体」と呼んでいますが、作品単体の意匠について批評するだけでなく、建物ができあがるまでの過程や、完成した建物と社会とのかかわり、その背景にある流通や産業全体のお金の配分などについても言及するメディアを、主体的に運営していく方法を模索しています。自己実現を目的とした意匠そのものだけではなく、作品を取り巻くすべての行為が建築におけるデザインである。僕はそう考えています。

[2019年12月2日、MISTLETOE OF TOKYOにて開催]