デジタル建築におけるリーガルデザイン

OPEN VUILD #1

デジタルファブリケーションの社会実装を目指すVUILD(ヴィルド)株式会社。2017年の立ち上げ以降、既存の価値観に問いを投げかけながら、未来社会のあるべき姿を模索しています。

 

「OPEN VUILD」は、そんな日々の活動から浮かび上がる様々な経営課題や組織としてのあり方について、専門家とともにオープンな場で語り合う実験的な試みです。

 

記念すべき第1回のゲストは、気鋭の法律家であり、VUILDの顧問弁護士を務める水野祐さん。日本におけるFabLab ムーブメントにいち早く関わり、ものづくりにおける法的課題やルールメイクに取り組んできた水野さんは、VUILD代表・秋吉とも旧知の仲。2015年には、秋吉が工房長を務めた共ファブ付き賃貸スペース「カマタ_ブリッヂ」(東京都大田区)で、工房の利用規約を参加者とともにプロトタイピングするワークショップにも登壇して頂きました。以来、法的な部分でVUILDの活動を支える頼もしいパートナーです。

 

そんな水野さんとの対談テーマは「デジタル建築におけるリーガルデザイン」。法の余白(グレーゾーン)が無数に存在するデジタル建築を取り巻く課題、その解決につながるクリエイティブな法的戦略を、さまざまな具体事例とともに探っていきます。

 

 

「契約」は権利を主張するための戦略ツールである

秋吉 Fab技術が社会にインストールされ、誰でも使えるようになった今、「デザイナー」「作り手」「ユーザー」といった境目は、どんどん曖昧になっています。そうなると、これからのデザイナーには、いかに一般の人たちの創造性を引き出すか、というメタデザイン的な思考が求められるようになる。

VUILDでは、市民参加型のワークショップも多く手がけていますが、そこで直面するのが協働プロジェクトによる作品の権利は誰に帰属するか? という問題です。ビジネスの場面でも同じで、僕らはShopbot の代理店としてクライアントに製品の設計図を作ることもある。こういう場合の著作権の取り扱いについても、ルールに不明点が多いのが現状です。

Fab技術のオープン化とともに領域横断的なコラボレーションが増えていくと、一つの作品に対して自分以外にも権利を持つ人が複数発生することになる。そういう状況で、企業としてどこまで権利を主張して、どこまでオープン化すればいいのか。

今日はこれらの問題をクリアにするリーガルデザインを、水野さんや会場のみなさんと一緒にプロトタイピングしていければ、と思っています。

 

水野 問題が起きてから事後的に対処法を考えるではなく、プロダクトの初期から法律家が並走しながらオープンシェアリングで法的戦略を作っていく、ということですよね。

じつは僕も、この問題には非常に関心があって。例えば、従来型のコミッションワーク、つまり業務委託契約では、企業や自治体が小規模な設計事務所や個人のクリエイターに仕事を発注した場合、成果物の納品と同時に著作権の譲渡を求めるのが一般的です。

ところが最近は、オープンイノベーションの機運の高まりとともに、コミッションワークからコラボレーションへとシフトする流れが生まれている。そのため、企業が外注案件をコラボレーションと呼ぶケースも増えています。ただ、契約書の内容は従来型の業務委託契約と同じままなんです。

それってすごくアンフェアな印象を受けますよね。でも、協働プロジェクトにおけるフェアな契約とは一体何なのかと問われると、実はそこに明確な線引きはないんです。

一方、従来型のコミッション契約の場合は、著作権は譲渡しても人格権は譲渡しない、譲渡するなら価格設定を上げる、といった対応をします。譲渡はあらゆる二次利用を許すことでもあるので、契約でクリエイターの権利をしっかり主張することが大事でしょう。

秋吉 最近は大手企業との取引も増えていきているんですが、契約を結ぶ際、成果物に対してどこまでクローズ(権利保護)するかは、正直あまり考えていないんです。

もちろん、図面が僕らの意図しない用途に使われたり、安全性が担保できない形で製品化されたりするのは本意じゃない。でも、現状のコミッションワークのフレームでは、契約でその点をコントロールすることはできない。そこがもどかしい部分ではあります。

 

水野 厳しい言い方ですが、通常の業務委託契約だと、そこは全くコントロールできません。大事なのは、法律的にフェアかアンフェアかを議論することではなく、こちらがその契約で何を実現したいか、言い換えれば「何をグリップしたいか」を明確にすること。リーガルデザインには、実現したいことのために契約や法務をツールとして戦略的に活用する視点が欠かせません。

そのためには「企業としてどうありたいのか」、「どんな価値を社会に提供したいのか」といったコンセプトからのボトムアップが必要。つまり、企業としてのビジョンが不可欠なんです。

 

 

ハードウェア・スタートアップの最大の壁「製造物責任」

秋吉 ここまでは著作権について話してきましたが、僕としてはものづくりの現場における安全性の担保、そして責任の所在についても考えたいと思っていて。

じつは先日、僕らもこの問題に直面する機会があって。3月末に開催された世界最大級のスタートアップイベント『Slush Tokyo 2018』で、会場の什器制作を担当した際に、ちょっとしたトラブルが起きたんですね。作ったのはこういうものなんですが……。

 

水野 (スライドを見ながら)これは椅子ですか?

秋吉 木製のベンチですね。NatureArchitectsの大嶋さんが開発したかなり攻めた技術で、木の板に切れ込みを入れる事で曲面をつくる構法です。ただ、(運営への)申請が間に合わなくて、床にベンチを固定するアンカーが打てなかったので、代わりに鉄骨を重りにしてアーチの広がりを抑えようと考えたんですね。

ところが、アーチ構造を成立させるための基礎が、床面の摩擦がないために広がってしまい、うまく圧縮力が伝達できず、構造的にいちばん弱い部分が折れてしまった。幸い座っていた方に怪我はなかったんですが、事故防止の観点から運営上の判断で一時的に使用禁止になってしまいました。

それで何もできず途方に暮れていたとき、出資頂いているのMistletoe(ミスルトウ)の藤村さんとLIFULLの小池さんが「せっかく作ったんだから、何とかしよう」と言ってくれて。結局、座ると折れる可能性のある場所にパンフレットを置いて人が座らないように誘導し、使用を再開できたんです。

Slush Tokyo

 

水野 ソフト面のルール設計で危険を回避し、安全性を担保した、と。

 

秋吉 そういう意味では、今回の件はとても勉強になりました。安全性の問題については、まだまだ考えるべきことがたくさんあります。例えば、ワークショップなどで地域の人たちにデータを渡して作品を作ってもらう場合の法的責任や、作品を量産販売する場合の安全設計はどうすべきなのか。このあたり、ぜひ水野さんにアドバイス頂きたいですね。

 

水野 量産という物理的な問題、そして作った後の製造責任問題は、ハードウェア・スタートアップの領域における最大のハードルだと思います。世界的なインターネット系のサービスでも、この2つの壁を超えられた事例はほぼありません。

とくに自己責任という考え方が弱い日本では、製造者責任において被害者保護の意識が強いルール設計になっている。だから、たとえユーザーが免責同意書にサインしていても、製造者の責任は免責されない。そういう裁判例も出ています。

そういう現状ですが、責任の範囲を最小限にとどめるためには、やはりユーザーの同意をとるしかない。免責事項を徹底的に周知するルールを設定すれば、免責は無理でも損害賠償額の減額にはつながるという考慮です。

ただ、製造者サイドが最も重視すべきことは、そもそも事故が起きないようなアーキテクチャや運用ルールを作ることです。例えば参加型のワークショップなら、ユーザーが制作に関わる範囲を安全な部分に限定するなど、事故リスクを最小限にする。その上で、起きてしまう事故や問題に対する法整備を二段構えで考えていく。それが現実的な解といえます。

 

日本は「機械学習パラダイス」?

秋吉 ちょっとここで、会場のみなさんにも意見を聞いてみたいと思います。角田さん、いかがですか?

 

角田 日建設計の角田と申します。今は日建設計DDL(デジタルデザインラボ)でコンピュテーショナルデザイナーとして働いています。

今、困っているのは、長い時間をかけて確立された社内ルールが壁となって、新しいやり方やルールメイクがなかなか進まないことです。例えば、クライアントとの間で発生したドキュメントは、そのプロジェクト内だけで扱うという秘密保持の契約があったりします。

過去のプロジェクトで使ったものを再利用するには逐次、許諾が必要になる。だから、人工知能に機械学習させるための過去データが大量に必要となった場合などに、許諾の問題が大きな障害になる。こういう契約上の規定をクリアする突破口はあるのか、聞いてみたいです。

水野 仮に法制度の問題であれば、解決は可能だと思います。人工知能の学習データには、個人情報やプライバシー、著作権などさまざまな権利が付着していますが、日本ではデータマイニング・機械学習のためのデータの複製等を幅広く適用とする著作権法の規定があるからです。おそらく内規も法律に紐づいているはずなので、法的な整理をした上で担当者を説得すれば、クリアできる可能性があると思います。個人情報については、取得時点でどのような同意が取れているのか次第です。

 

角田 ありがとうございます。

 

水野 製造責任に関して日本は法的に厳しい国だという話をしましたが、著作権の情報解析については世界でも類を見ないほど規定が緩く、その現状を “機械学習パラダイス”と呼ぶ人もいるくらいです。

デジタル建築は、情報と物質の間(あわい)というか、著作権で保護される対象かどうかが微妙なんですね。例えばコンピュテーショナルデザインにおいては、完全にコンピュータが自律的にアルゴリズムに則って生み出したデータがあるとすれば、それは創作物ではなく生成物として区別され、著作権法の対象外になってしまう。実務上は、これらのデータを保護するために、企業間の契約で著作物と同等に扱う合意をしたりすることもあります。契約的な拘束力で相手をバインドする手法は、こうしたケースでよく使われます。

 

グレーゾーンはリーガルハックの実験場である

秋吉 今日はもう一つ、リノベーション領域における「法の余白」についても議論したいと思っていて。

 

水野 建築や都市は、リーガルデザイン的な発想から「法をいかにハックするか」という工夫が最も活発に行われてきた分野といえます。それらを担う建築家や都市計画家の「法解釈におけるクリエイティビティ」に光を当てること。それが僕の最近の関心事なんです。

その一つの表出が、リノベーションにおける既存不適格建築物の取り扱いだと思っています。この領域には、まだ適法性を担保する手法が確立されていません。法改正のためのロビイングや、適法となる事例を一つ一つ積み重ねることで、社会を変えていくしかない。

 

秋吉 ちょうど会場に、一棟型リノベーションを多数手がける u.company 株式会社・代表の内山さんがいらしているので、意見を聞いてみましょうか。

 

内山 内山と申します。これまで2つの不動産ベンチャー企業の経営に携わり、コーポラティブ事業やリノベーション事業を行ってきました。2016年に独立し、不動産コンサルティングに従事しながら、まさに「法の余白」の問題にぶちあたっているところです。

まず、既存不適格建築物の利活用に関して言うと、法的なガイドラインがないから誰も守ってくれないんですね。一方で、遵法性を担保していない物件は全国にごまんとある。それらをどう活用するのか。業界の姿勢が問われていると思います。

グレーゾーンである以上、しっかり説明責任を果たした上で、あとは世の中の人たちのユーザー感覚に委ねているのが現状ですが、建築確認申請の時点で役所が首を縦に振らないと、どうにもなりません。

水野 正直に手の内をすべて見せてしまうと許可が下りないので、役所を説得するビジョンとロジックをしっかり用意していくことが大事ですね。

 

秋吉 僕らも今、リノベーション案件でリーガルハックに取り組んでいるので、そういうグレーな部分を適法に行うための事例集があればいいな、と。

水野 最近、国交省は事例集を出してきていますよ。

 

内山 公共施設の利活用においても、グレーゾーンがけっこうあって。一部の民間企業から「グレーゾーン事例集を作ろう」という話も出てきています。そこから法整備に向けた議論に発展するかはわかりませんが、「まあ、いいんじゃない?」という流れは作っていきたい。

 

水野 (グレーゾーンから)社会を変えていくには、成功事例が重要。今、ある書籍の企画で、建築におけるオープンスペースについて法の視点から書いていて。例えば、日本の建築基準法の厳しい安全基準を、ハードオリエンテッドな材質や構造ではなく、ソフト面で担保するような柔軟な形に変えていくべき、という提案をすることも考えられます。

 

内山 その点は、僕もシェアハウスを作ったときに痛感しましたね。一軒家をシェアハウスに転用した際に、役所から「住人同士が家族ではないので共同住宅の可能性がある」と指摘されたんです。一軒家と共同住宅では、ハード面での法的な要件が天と地ほども違う。結局、最後は「寄宿舎」扱いにしたことで、なんとかクリアしたのですが……。

 

水野 法や社会は、簡単には変えられません。でも、テクノロジーの進化が社会のあり方を大きく変えてしまうこともある。僕は今、自動運転車を都市や不動産の問題としてとらえる勉強会にも入っていますが、そこで感じるのは「自動運転によって車の形態が変われば道路の形態も変わる」ということ。それはいつか建築物の接道のルールも変えてしまうでしょう。自動運転というテクノロジーによって、不動産のあり方も変わるわけです。

一方で、やはり自分たちの手で社会を変えていく、ムーブメントを作って行くボトムアップ型のアプローチも大事だと思っていて。僕が本を書いたり、こういう場に出て話したりするのは、発信することで「社会を変えたい」と思う仲間を増やしていきたいからです。弁護士としても、法や社会と闘うのではなく、コミュニケーションを重ねて全員にメリットのある着地点を探す。それを見つけるプロセスも、一つのコラボレーションである、と。そんな風に思っています。

 

秋吉 みなさん、今日はありがとうございました。